2019年4月1日月曜日

はじめに

  このページはトップに固定されています。

 このウェブログは2017-2019年に行われる、第59次南極観測隊の一隊員による、南極観測隊に関連する内容を非公式に記載したものです。本内容は、概ね以下の4つに大分されます。


  1. 南極そのものに関するもの
  2. 南極観測隊に関するもの
  3. 南極観測隊員に関するもの
  4. その他


1) 南極そのものに関する内容 → タグ:南極
 第59次南極観測隊(以下、JARE59)は、当たり前ですが南極で活動を行います。南極地域の定義は一般に南緯60度以南の領域で、ここから先は日本とは大きく異なる気候や生態系が待ち受けています。それらについて紹介しつつ、実際に南極にいる間は実際の画像を交えて紹介できればと思います。

→南極/南極の気温(2017/11/21)
→南極/環境保護条約(2017/12/20)
→南極/ブリザード(2018/01/04)


2) 南極観測隊に関する内容 → タグ:観測隊
 この内容が(おそらく)メインコンテンツになる内容です。

→観測隊/スケジュール(2017/11/13)
→観測隊/研究観測(2017/11/24)
→観測隊/観測隊構成(2017/11/26)
→観測隊/オーストラリアでの行事(2017/12/01)
→観測隊/砕氷船しらせ(2017/12/08)
→観測隊/日本南極観測隊の歴史(2017/12/11)

 南極に関する記述がある本やウェブサイトはすでに十分な数があるのですが、その大部分の内容は南極の自然気候や生物、研究活動、探検歴史などに関するものです。しかし南極についてではなく、日本の南極観測隊そのものに関しては同じ研究者に対してもあまり知られていません。

 JARE59でどれくらい期間、何人くらいの人間が、どのような活動をするのか。
 JARE59ではそのためにどんな準備をして、どんな訓練を行い、どのような行程を経て活動をしていくのか。
 JARE59は何を目的としているのか。

 そのようなことを記述していきたいと思います。

 現地での実際の活動や、それに関してすっごーいたーのしーといった内容は基本的には記載しない予定です(*1)。というのも、自分は今回が初めての南極で、右も左もわからないし、失敗することもあるだろうし、何もかもうまくいかず、前後不覚になり果てることもありえるわけで。要は現場で実際にうまく行くかわからないので、そういった内容は可能な限り書かないというリスク軽減だと思ってください。
*1) なんかすごくすっごーいわーいたーのしーになったら書くかもしれません。

 それと本ウェブログは基本的に観測隊の最新の活動内容をお届けするものではありません。南極観測隊の活動が国家事業の一種であり、大本営の報道が優先する必要がある場合があるためです。非公式が先に発表するとどうなるかはよくわかりませんが、もしかするとわたしの首が飛ぶかもしれません(*2)。
*2) うっひょー。

 例えば南極に突如開いたゲートからのちにジャムと呼ばれる異星人の飛行機が飛び出してきたり、遊星に付着していた物体Xによって基地が破壊されてどうせ死ぬなら道連れだという勢いで頑張っていたとしても、そういったレベルの情報はかなり重要なので公式発表(*3)があるまでの間はこちらから発表するとはできません。
*3) そういう情報が流れたら戻ってきた隊員の血液が高温に晒された途端に正体現さないかどうかとか、L型アミノ酸をきちんと消化できるかどうかをちゃんと確認してください。

 最新の内容や南極観測隊に関するまともな情報が欲しければ、
→国立環境研究所 南極観測のホームページ
→昭和基地NOW
 などをご覧ください。

3) 南極観測隊員に関する内容 → タグ:隊員
 自分が高校生のとき、とある公演をした南極観測隊経験者の方は「南極に行きたければ金持ちか研究者になれ」と言いました。残念ながらお金持ちには向いていなかったので(*4)研究者になり、結果的には南極に行くことになったので、個人としては方針はおおむね正しかったわけですが、実際のところ観測隊の中で研究者が占める割合はそれほど多くありません。JARE59の観測隊にはいろんな人々がいます。
*4) はー金が欲しい。

 そうした雑多な人物を紹介していくわけですが、年齢とか血液型とか家族構成とか趣味とか弱点とか性癖とか黒歴史とか、なんかそういう他人の個人情報とかわたくしわりと関心がないというかどうでも良いのでしません。

 紹介するのは、

  • 南極での仕事内容:何をするために南極に来たか
  • 南極に来ることになった経緯:どうすれば南極に来られるか

に絞りたいと思います。というのも、これらの情報が新たに南極に来たいと思っている人々に役立ちそうだと思ったからです。

4) その他 → タグ:その他
 それ以外の内容です。

→その他/もふもふモフモフ(2017/11/24)
→その他/宇宙よりも遠い場所(2017/12/31)


 以上の内容を適宜更新していくことになります。隊員のSNSの情報発信は公序良俗に反するものや観測隊・南極観測の名誉を傷つけるものは認められないことになっていて、なんかこの「はじめに」を書いた時点でだいぶ怪しい気がするのですが、突如このブログが消えたらそういうことだと思ってください。

 遅れましたが、このページを含む本ウェブログの主な記述者は越冬の一般観測研究の山田です(*5)。本ウェブログはの2017年11月からJARE59越冬隊終了の2019年3月までを目標にのろりのろりと更新していく予定です。
*5) この「越冬」だとか、「一般観測研究」だとかについてもおいおい説明できれば。

2018年2月16日金曜日

南極/S17


 2月になりました。

 もう月も半ばになってなっているというのに何を言っているんだハハハこやつめと思われる方もおられるかもしれませんが、時差というやつです。

 また二、三週間ほど更新が滞っておりましたが、べつに飽きたとか、ゲームやっていたとかそういうわけではなく、いやでもPS vitaがあるからゲームはやっていて、でもゲーミングノート持ってこなかったのでPCゲーはほとんどできないのですよね。
 自分の(日本で)持っているノートはラップトップというには少々重いノートなのですが、たしか『Hitman: Blood Money』(*1)が旧PCが動かなかったときに買ったやつなのでインディーズ程度ならプレイできる程度のスペックはある。ちなみに今の(本土に置いてきた)PCは『Divinity: Dragon Commander』(*2)が動かなかったときに買ったやつ。買った時期がわかりやすい。次は日本に戻ったあと『Mount&Blade2』(*3)のときかなー。でもM&Bはグラボよりメモリが大事だとか噂されていたし、メモリ増設か入れ替えるだけで十分かもしれない。
*1) ハゲバーコード(バーコードハゲではない)の暗殺者が明らかに目立ちすぎる変装をしているのに誰も気づかないことにツッコミを入れる変装ステルスアクション、その最高傑作とも謳われる4作目。スーツケースに爆弾つけて投げるのが好き。
*2) エルフ・ドワーフ・トカゲ・アンデッドから嫁を選ぶ恋愛シミュレーション。ゴブリンの嫁はゲーム開始時前に自爆している。
*3) 管理人がPCゲー5指に挙げるRPGの次作。兵となり、将となり、戦国乱世の大陸を駆け抜ける。絵面がわりと地味なので良さを示すのが難しい。

 越冬中時間があるので、ゲーミングノートを持ってきていれば宙ぶらりんになっていた『Vampire: the Masquerade -Bloodlines-』(*4)でもやれば良かった。
*4) TRPGのVampire: The MasqueradeシリーズをCRPG化したもの。Tremeraの血液魔法Thaumaturgy関係とSeduction型でやっていたが、HDDがクラッシュしたあと環境を戻すのが面倒で手をつけていなかった。周囲の敵を吐血させるPurgeが勢いあって好き。

 例によって、こうやって南極に純粋に関心のある方を全力で切り捨ててからの切り出しですが、えー、何が書きたかったんだっけ、ああ、そうだ、なんで更新していなかったかという話でした。観測のため、基地の外に出ていたためです。

 第59次南極地域観測隊の本隊は11月末にオーストラリアを出港後、12月終わり頃に昭和基地に到着しました。その後、(南半球の)夏期間の観測や設営作業を行い、2月1日付で越冬交代式を行いました。
 未だ完全に「越冬成立」と言える段階ではないのですが、少なくとも南極の短い夏は終わりを迎えてしまっています。
 冬来たる。
 しかしながらその前に、短い短い夏があり、そこでは夏にしかできない観測が行われていたのです。わたしは夏観測として、主にS17という観測地点に行っていたのです。

S17とは

まずS17の位置を確認してみましょう。



 上の図は南極大陸のおおよそ全域を表したもので、昭和基地があるのは黒縁取りの赤丸で示した場所です。この規模だとわかりにくいため、昭和基地周辺を拡大したものがその右の図になります。

 見ての通り、昭和基地(黒縁赤丸)が大陸から僅かに離れた東オングル島という島にあるのに対し、S17(赤丸)は南極の内陸にある観測地点です。グレースケールは(氷床を含む)地表面高度を表しており、ほぼ海面と同じ高さにある昭和基地と違い、S17はいくらか高いところにあるのがわかります。

 昭和基地から東に約20km、標高約600m。基地からヘリコプターでおおよそ10分程度のこの地点は大きく分けて二つの役割を持ちます。


1) 観測地点として
 昭和基地は海上の島に存在しており、その風景は夏場はさほど南極めいていません。全景を見渡してみると、確かに海には海氷が浮き、陸には雪が尾を引いていますが、むしろ目立つのは青銀色の雪や氷ではなく土気色の露岩であり、通行するトラックや建築中の建物、ヘルメットを被って歩く人々も手伝って、基地という名前にむしろ相応しいくらいであるといえます。

 一方でS17はといえば、内陸のそこにあるのは雪と氷ばかりです。



 内陸とはいっても斜面のほんの端ですが、昭和基地とはまったく違う世界が広がっているというのは身体で体感できます。
 S17にはふたつの小屋が存在し、片方が居住棟、もう片方が発電棟となっています。発電棟(および接続された居住棟)からは日本で一般に使われるような100V電源が取れるため、天気さえ許せば日本と同様の観測が行うことが可能です。



2) 航空拠点として
 S17の拠点小屋から東に覗ける位置に、雪面に線が入っているのが見えます。近づいてみると、それは幅50m長さ1kmととても太く、周囲には家紋のように三つの穴の空いた黒い旗が立っているのが見えます。

 これはDROMLAN(DROnning Maud LANd)飛行機のための滑走路です。11月末に出発する本隊よりも一ヶ月先駆けて出発する先遣隊は飛行機で南極入りしますが、彼らが最初に降り立ち、そして2月に帰還するときにはこの滑走路を使うのです。



S17の設備

-発電棟
 風下側にある発電棟はその名の通り発電を担う小屋です。前室には外で使う旗竿などが置かれていますが、そこからさらに入ると中央に大きな発電装置があります。この発電装置は隣の居住棟で人が生活している時期にのみ稼働しています。普通に暮らしている限りでは、燃料は(余裕を見て)約3日程度で給油することになります。

 発電装置は暖かくなるため、造水装置としても用いられます。造水装置というと大袈裟ですが、バケツに綺麗な場所の雪を取り、発電装置の上に置いておくだけです。半日〜1日程度で雪は融け、水を作ることができます。雪だけだと熱が伝わりにくいので、多少水を溜めておいてその上に雪を入れると多少効率が上がります。


 奥には扉が3つあり、いちばん右は倉庫のような扱いですが、残りの2つの個室はトイレとなっています。といっても、電気はあれど水が流れるわけがないので、水洗なわけがなく、汲み取り式でもありません。野外ではペールトイレという腰掛けられる缶のような形状に上蓋が付いたものを利用し、ここにゴミ袋をセットして大便は足します。

 一方で小便は外の風下に旗を立て、そこにします。寒いです。さむい。


 発電棟の上部には気象庁設置の気象計が存在しています。ここには風力発電装置も取り付けてあり、発電小屋の装置が稼働していなくても気象観測測器は稼働し続けることが可能です。このデータはあくまでヘリコプターや飛行機の利用のために用いられることが多く、昭和基地の観測とは違って一般向けにデータは公開されていません。


-居住棟
 風上側にあるのが居住棟です。前室を抜けた先が居住棟のメインスペースとなっており、広さとしてはわたしが引き払ってきたアパートの部屋より広いくらいとなっています。

 入口から見て右手手前のスペースは循環型の暖房装置となっており、零下の外気温の中でも居住棟にいれば普段着で過ごすことが可能です。

 右手奥には台所があります。IHクッキングヒーターが備え付けてあり、電磁調理を行うことができるほか、グリル、トースター付き電子レンジ、冷蔵庫など、一般的な台所よりむしろ高性能な設備が備えられています。

 左手側には長テーブルがふたつくっつけられて置かれており、食事や休憩をすることが可能となっています。また、小屋内に宿泊する場合はこのスペースに布団を敷いて寝ていました。


S17の環境

先に地図で見たように、S17は昭和基地と違って大陸斜面上にあり、近くに熱源である海がないため常時雪と氷に包まれています。斜面上に存在するため、カタバ風と呼ばれる斜面を駆け下りてくる風の影響を受けやすく、日中の一部を除けばほとんどの時間帯で東方向から風を受け続けています。風速は昭和基地よりも秒速で5m程度強く、10-15m/s程度の風は珍しくありません。

 南極は沿岸では陸上や海氷上ではペンギンやアザラシや鳥類が、海面下では魚類やプランクトンなどが見ることができますが、大陸斜面上のS17では夏の期間であっても生物を見る機会はほとんどありません。しかし稀ながら、尾に黒い線の入った白い鳥が飛んでいく姿を見ることができます。


S17の今後

S17は観測拠点として用いることができるのみならず、DROMLANによる飛行機利用のための拠点として用いることができる非常に有用な拠点です。

 長期的な利用を目指し、雪の影響を防ぐために高床式のようになっていたうえにジャッキアップによって床を上げることが可能となっていはずの本拠点ですが、長期間の利用により、高床だった頃の面影はもはやなく、雪に埋もれつつある状況です。果たして本拠点はいつまで使うことができるのでしょうか。このままでは沈んで行くばかりのS17を救うのは……そう、金です。よろしくお願いします。




2018年1月22日月曜日

南極/雪上車SM100S


 南極のブログなんだからペンギンとか見られるんだろうなぁ、と思わせてからの雪、雪、氷、雪、ブリザードでお届けしております本ブログ、ここ三週間ほど更新がありませんでした。この間、外に出て観測があったわけですが、一週間ほど前には昭和基地入りしていたわけで、べつだんそれが主な理由というわけではありません。

 更新が滞っていた単純な理由は、ネットが重いからです。砕氷船しらせに乗っていたときより昭和基地に行ってからのほうがインターネットの接続が悪くなるとは思わなかったです。やりおる。明石が手に入らない。

 とはいえいつのまにか南極OB会のリンクに補足されているということでさらなるクソ&クソ(*1)のギリギリの路線を辿っていきたい(*2)本ブログ、多少の回線の重さには負けておられんわ、ということで更新です。
*1) R&Bみたい。
*2) 途中でゲームか映画の話題にのみ終始するブログに切り替えたい。

 今回は南極に来たということで、これがなければ始まらない、南極でしか見られないであろうものに関する話題……そう、雪上車です。


 あぁ、なんだ、え? 南極に来たらペンギンだとかオーロラとかだろうって? そんなものは動物園やプラネタリウムで見やがれ。氷床上で動いている雪上車が見られるのは南極だけだ。ちなみに氷床というのは氷河のでかいバージョンで、世界にはグリーンランドと南極にしかありません。規模でいうと南極の氷床はグリーンランドの何倍も大きいです(*3)。世界最大の氷床、その上を走る雪上車。どうだ見たくなっただろう。
*3) しらせ大学で習ったことを早速(*4)書いていく受講者の鑑。
*4) よく考えると1ヶ月前だったが、地球48億年の歴史に比べれば僅かな期間です。

 というわけで今回は雪上車です。雪上車なのです。男の子はこういうの好きじゃろ? わしもわかっておるのじゃよ。狐耳金髪ロリババアとか好きじゃろ?

『雪上車運用マニュアル』2017年度版(第9版; 以下、『運用マニュアル』)に記載されている雪上車は、

  • SM100S雪上車
  • PB300雪上車
  • SM60/65S雪上車
  • SM40S雪上車
  • PB100雪上車
  • SM30S雪上車

です。

『運用マニュアル』によれば、

  • 内陸調査・輸送旅行用の大型雪上車→SM100S、PB300
  • 氷上輸送用の中型雪上車→SM60/65S
  • 大陸周辺部調査旅行用の小型雪上車→SM40S
  • 助走・滑走路整備・氷上輸送用の小型雪上車→PB100
  • 沿岸・海氷調査旅行用の浮上型雪上車→SM30S

という分類になっているようです。

 今回の記事では、内陸調査・輸送旅行用として用いられるSM100Sについて説明していきます。なぜかというとコレしか運転したことがないからです。どうせコレ使うし、それにここで書いておけば忘れないし、忘れたとしても参照できるし。

 あのなんかアレだよな、このブログ、南極を紹介するというか自分のまとめのために使っている気がする。
 いや、でも内陸行くなら雪上車は確実に使うわけで、これはアレです、ペンギンとかオーロラの写真を載っけるより絶対役立つ。ペンギンの写真が載っている本なら佃煮にするほどありますが、現地での雪上車の運転方法が書かれたものなんてそうそう見つからないはず。良いのです、このブログはそういうブログなのです。素晴らしいな、この星を守るため。

 SM100Sは幅2.9m、長さ6.9m、11トン雪上車(11,500kg)で、これより重いのは前述した中では12トンのPB300のみで、雪上車としては大型に分類されます。最大積載量は1,000kg。最高速度は時速21kmとけっして早くはありませんが、最低運用気温は-60度で6種類の雪上車の中でももっとも寒さに強い機体です。そのため南極大陸氷床全域での行動に向きます。


 一方で重すぎるため、海氷上は基本的に走らないことになっています。ちなみに参考燃費は4.4l/kmです*5)。履帯(キャタピラ)持ちです。たぶん転倒の状態異常とか受けないんだろうな。つよいぞ。
*5) 4.4km/lではない。念のため。
(以上、データは『運用マニュアル』より)

 運転席を含めて4座席、2名分のベッドもあります。炊事が可能。3kVAの発電機で、100V電源の供給が可能となっています。


 今回は、夏季の内陸斜面上での実際の運用に関して下記に示します。なお、以下の内容は特に公式のものや『運用マニュアル』からの引用ではなく、個人的に教わった雪上車SM100Sの運用方法となります。正しい使い方は違うかもしれませんので、実際に南極で乗る場合は車両担当にご確認ください。


1) 立ち上げ
 まずは何があろうと立ち上げからです。
 内陸用の雪上車の駐車場は昭和基地から東へ約20km、標高約600mのS16という名の中継地点です。この地点は内陸旅行のための中継地点でもあり、日本の観測隊が内陸へ向かう場合は基本的に立ち入る場所でもあります。

 基本的に車両は風向きに正対する形で駐車されています。これは地吹雪によって風が障害物の左右や背後に吹き溜まる性質のためです。風向きに対して顔を背けるように駐車してしまうと、地吹雪のあとに出る際に前に向かえなくなってしまいます。

 とはいっても、ちゃんと風向きに正対して駐車していたからといって簡単に立ち上げられるかというと、それはまた別の話。地吹雪に晒され続けていた雪上車は当たり前のように雪の中に埋もれているので、これを適当に掘り起こす必要があります。ある程度の坂道は登れるので、前面に登り坂を作って掘り出します。

 外側の状態を整えている間に、雪上車そのものの立ち上げを行います。まずは車両上にある排気口に巻かれている毛布(雪除け)を取り除きます。また車両内部、中央部右側にあるバッテリーボックスを開け、マイナス端子をバッテリーに繋ぎます。


 エンジンオイル等も点検する必要があります。車両前部中央やその後ろに開けられる部分があるので、オイルがきちんと入っているかどうかを点検します。そうそう減るものではありませんが、まぁ雪上車立ち上げの儀だと思って確かめておきましょう。


2) 始動
 始動です。上の立ち上げ作業は車両を最初に立ち上げる場合にのみ行えばいいのですが、この始動作業からは車両に乗る際には毎度行う作業となります

 まずはクランキングです。車両のエンジンには立ち上げ当初は燃料がしっかり回っていないため、最初の始動時は燃料をしっかり馴染ませる必要があります。そのための作業がクランキングです。
 クランキングの方法は至極簡単。運転席右上のところに「クランキング」と書かれたツマミがありますので、これをONにして右下のエンジンキーを「START」に入れるだけです。きゅるきゅるという音がしますので10秒ほどSTARTに入れ続けます。この動作でエンジンに燃料が馴染むらしいですが、あまり連続でやり続けてはいけないので10秒入れたら30秒ほど休ませましょう。10秒START、30秒休み、と二、三度繰り返しているうちにオイルランプが消えればクランキングは完了です。
 

 ある程度燃料が回ったところでスタートです。クランキングのツマミをオフに入れ、エンジンキーをSTARTへ——と言いたいところですが、ここでひとつ注意点が。南極観測隊では車両のエンジンスタート/前進/後退時にクラクションで以下のような合図をするルールがあります。


  • 1回 - エンジン始動
  • 2回 - 前進開始
  • 3回 - 後退開始


 そういうわけで、まずはエンジンキーをSTARTまでには入れず、OFFからONへと回します。バッテリー警告等のランプが点灯しますが、ひとまずクラクション一回。それからエンジンキーをSTARTへ入れ続けて始動です。

 始動してしばらくするとバッテリー等の警告ランプが消えるはずです。
 エンジンが始動したら、一度外に出てやることがあります。それは吸気口と排気口を開けることです。運転席ではエンジン温度を確認することができます。メーターは概ね50/80/100度の区切りになっているはずで、80度までがグリーン、それ以上がレッドゾーンとして塗られているでしょう。エンジンは温度が上がらないと機能が発揮できませんが、高すぎると壊れてしまいます。エンジンを冷却するために空冷で冷ましてやるというわけです。


 運転席を降りて車体前部に回り込むと、フロントガラス下に観音開きのような扉があります。これをとりあえず片方(長く乗るなら両方でも)開けておき、バーで固定します。後ろにも留め具で止めるタイプの口が三つ空いているので、そのうちひとつ(温度が上がってきたら他のふたつも)を外し、中に放り込んでおきます。

 これでエンジン周りはひとまずOK。立ち上がったので助手席側の後部座席近くの壁にある配電盤で、無線などのブレーカーをオンにしておきましょう。



3) 慣らし運転
 エンジンも始動してさぁ出発だ——と行きたいけど行けないのが南極。本格的な運転の前に、エンジンの温度を上げるための慣らし運転というものが必要になってきます。

 慣らし運転は約100mの距離を前進後退で三往復するだけの簡単なものです。慣らし運転のためには当たり前ですが発進しなければならないわけで、まずは前進後退の方法を知らなければなりません。
 
 SM100Sはこう見えてオートマです。なので左手のシフトレバーをニュートラルから一速へ入れれば、それだけで前進を始めます。時速はおそらく1km程度でしょう。エンジン回転数も500-600くらいだと思います。とりあえずこれで前進。先に書いたように前進前には2回クラクションを鳴らすことを忘れずに。
 ちなみにSM100Sはノーブレーキです。いや、いちおうブレーキとして使えるものはないではないんですが(サイドブレーキもあるし)、まぁ基本的に使わないです。止まるんじゃねぇぞ。



 100m進んだら一度シフトレバーをニュートラルに入れて止めてから、後退します。これも簡単で、レバーをリバースに入れるだけ。入れる前に3回クラクションを鳴らしましょう。ずんどこずんどこと100m後退して元の地点まで戻ります。

 これをもう一度繰り返します。エンジンが回っていると、だんだんと車内は暑くなってきます。外の天候が問題なければ、窓を開けておくとやや涼しくなります。手指を挟まぬように固定できます。また、天窓も開きます。それでも足元は暑いけど。

 二往復をアクセルを踏むことなく終えました。最後にもう一往復しますが、今度は軽くアクセルを踏んで行います。アクセルの位置は普通車と同じです。「軽く」の目安は、だいたいエンジンの回転数が1000回転程度になるくらい。一定速度で前進、そして後退します。

 これで雪上車で三往復を終え、慣らし運転終了です。所要時間としてはおおよそ30分くらいでしょうか。使う日の最初にやっておけばOKです。


4) 運転
 ここまで来てようやく運転に入れます。 

 先に書いたようにSM100S雪上車はオートマで、ギアはN/1/2/3/D/Rの四段変速です。夏季期間は2-3速で使っていたことが多かったです。
 カタログスペックでの最高時速は時速21kmですが、実際に回転数が一定数を超えないように使うとなると、時速12km程度がせいぜいになると思います。とはいえ歩くよりはずっと早いですし、重い荷物や橇も運べます。すごいぜ! でも燃費悪いぜ!

 SM100S雪上車にはハンドルがありません。代わりにロボのコックピットみたいなレバーがふたつ股のところに突き出ていて、これがハンドル代わりになります*6)。
*6) ロボのコックピット観がこれでもかというほど古い。

 操作は直観的で、引いているレバーの側のキャタピラが止まります。なので右に曲がりたい場合は右のレバーを引けば左だけが進むので曲がれるわけです。バックの場合も、右後方に進みたい場合は右を引きながら後退すれば良いというわけです。

 注意点として、あまり長くキャタピラを止めてしまうと、履帯が外れてしまう(脱輪)の可能性があります。なので大きく曲がりたいときには一定時間引く→戻す→引く、という動作を繰り返す必要があります。
 この一定時間だとか、あまり長くだとかがどれくらいなのか、という具体的な時間はぶっちゃけわからねぇのですが、少なくとも2秒くらいなら引いていられるようです。レバーは重く、何度も引いたり戻したりするのはわりと労働ですが、脱輪はまずいので嫌いな相手を罵倒しながら頑張りましょう。

 その他、走行中に注意する点としてはエンジン温度でしょうか。《始動》の項でも述べましたが、エンジン温度は80度まではグリーン、80度以上はレッドゾーンです。80度以上に温度が上がりそうだったら、前面の観音開きの扉を大きく開けたり、後部の排気口を開ける口を増やしたり、それでも温度が上がりすぎるようならエンジンを休ませましょう。


5) 駐停車
 停車の方法は簡単で、シフトレバーをニュートラルに入れるだけです。駐車はそのままエンジンキーをオフにするだけでOK。
 注意点があるとすれば、車の向きです。前にも書きましたが、南極は風が強く、障害物があると地吹雪が側面から背面にかけて雪溜まりを形成するため、風向きに正対するように駐停車しておかないと、いざ出すときに苦労することになります。

 また、雪が入ってくると良くないので、エンジン温度を下げるために開けておいた前面の観音開きの吸気口や後部の排気口を元どおりに閉めておきましょう。


6) 終了
 一定期間使わないとなったら、バッテリーが上がってしまうのを避けるために配電盤のブレーカーをすべてオフにしておきましょう。SM100Sはバッテリーと電気系統が直結なので、エンジンをオフにしても電気を使ってしまいます。


 また、さらに長いこと使わない場合は、立ち上げの際に繋げたバッテリーのマイナス端子を外し、雪が入らないように上面の換気口に毛布を被せて固定しておきましょう。これで雪上車の使用は終了です。おつかれさまでした。

2018年1月4日木曜日

南極/ブリザード


 ブリザードをご存知でしょうか?

 そう、世界的人気のRTS(*1)である『Warcraft』シリーズや名作ハクスラ(*2)の『Diablo』を生み出し、近年ではスマホのデジタルカードゲームを切り開いた『Hearthstone』などでも知られるそうそれはBlizzard Entertainmentだ。
*1) 日本でいわゆるシミュレーションだとか呼ばれるやつのリアルタイム版。
*2) ハック&スラッシュ。明確な定義はないが、ダンジョン潜ってキャラクター強化とレアアイテムを掘るのが目的のゲームはこういう分類をされる。

 気象庁の用語解説によると、
「ブリザード」はもともとは北アメリカでの激しい吹雪の呼び名ですが、南極の吹雪も同じ名で呼ばれています。
気象庁|用語解説 http://www.data.jma.go.jp/antarctic/ant_yogo.html より)

ということです。柱の男(*3)が10人くらい出て来たら名前がブリザードになったやつもいたかもしれません。
*3) サンタナってシュトロハイムが勝手に付けた名前だったはずなのに、いつのまにか正式名称になってない?

 そういうわけで南極でいえばブリザードといえば基本的には強い強風(*4)を指します。日本ではブリザードにA級、B級、C級という指標があり、A>B>Cで強いということになっています。
*4) 腹が腹痛みたいな表現。

 昨日の2018年1月3日ですが、非常に強い強風がありました。2018年1月2日20時05分に外出注意令が発令され、同月3日09時10分にはそれが禁止令に切り替わるほどでした。
 自分は「静かにしているのが好きなのか」と若干キレ気味に言われる程度にインドアなので外出禁止令が出されてもまったく困らないというか、むしろ堂々とダラダラできるのでありがたいのですが、それはともかくとしてその風について簡単に見てみたいと思います。

 まずは当時の風の概況を見てみましょう。


Antarctica_Japan JRA-NHM http://polaris.nipr.ac.jp/~nhm/antarctica_japan.html による6km解像度計算値 より)

 これは観測ではなく予報値(あらかじめ計算しておいた値)なのですが、まぁほぼ現象を捉えていると思ってください。
 線(コンター)は500hPaの高度場を示しているのですが、これはほとんど気圧と関連するようなものだと思っていただくとして、気圧の渦のようなものが近づいているのがわかります。これは低気圧で、3日は低気圧が接近しており、その影響として非常に強い風(図中、赤矢印)が発生していました。昭和基地は他国の海岸の観測基地と比べると比較的低気圧の影響を受けにくい地点なのですが、こういった低気圧に伴う強風は南極ではよくあるパターンです。

 ではそれが昭和基地にどのような影響を生み出していたかというと、既に3日の気象庁のデータは気象庁が出しているので、それを確認してみましょう。

気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&year=2018&month=1&day=3&view= より描画)

 上の図は横軸が時間で、2018年1月2日の12時(昭和時間)がスタート、終わりが4日の00時となっています。縦軸は風速(青; m/s)視程(橙; km; *5)です。風速は1時間平均値ですが、視程は3時間ごとの目視による観測値なのでまっすぐな線が多いですが、あまり気にしないでください。
*5) どれくらいまで見えるか、という指標。

 見ての通り、時間の経過とともに風速(青線)の値は増加していき、3日の8時から18時ごろにかけては秒速30mほどの強い風となっていました。単純に一日で平均した平均風速では27.5m/s。最大風速(10分間平均風速の最大値)は34.6m/sという風でした。

 ではこの最大風速34.6m/sという風は具体的にどれくらい強い風だったのか?

気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&view= より描画)

 上の図は1959年から2015年までの1月の最大風速が起きた数(日数)です。ただし1962-1966の一部期間は欠損しています。

 見ての通り、35m/sを超えるような風が観測された回数は1月は地平線を這うほどしか起きていません。30m/sを超える風も数えるほどで、実は2018年1月3日の強風は、1月としてはここ50年ほどで十指に入るほどの強風現象だったということがわかります。すごいや、さすがターンAのお兄さん!

 ということは、これはものすごいブリザードのはず——きっとA級……いやS級や! 味の宝石箱や!
 と思いきや、今回の強風はA級どころかC級のブリザードにも達しないかもしれません。理由は視程です。

(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&year=2018&month=1&day=3&view= より描画)

 もう一度この図を。橙の線で描かれているのが視程で、これは単純に「どの距離まで見えるか」という指標です。ブリザードの強い風は地表面に降り積もった雪を吹き飛ばし、地吹雪となることが多々あります。これにより、視界は悪くなり、遠くのものがなかなか見えづらくなるというわけです。

 日本では以下の表ような指標を取っており、それぞれの等級には視程・平均風速・継続時間のすべてを満たしている必要があります。


 まず青の風速とその継続時間で見てみると、3日5時ごろからA級の指標である25m/sを超えており、そこから落ちることなく3日23時ごろまで25m/s以上を維持し続けていました。つまり、「風速25m/sを6時間以上」というA級ブリザードの指標のうちのひとつは達成したことになります。
 では視程はどうでしょうか? 橙の視程を確認すると、2日の夜から落ち始め、3日未明には4km程度まで落ちてしまっていました。しかしそこからはほとんど変動せず、C級の指標である「視程1km以下を6時間以上」にさえ引っかかりませんでした。

 そういうわけで今回の強風現象はC級ですらないのです。
 しかしながら、先に述べたようにA/B/C級のブリザードの指標は日本独自のものです。たとえば英Wikipediaを見てみると、

A blizzard is a severe snowstorm characterized by strong sustained winds of at least 35 mph (56 km/h) and lasting for a prolonged period of time—typically three hours or more.
(Blizzard From Wikipedia, the free encyclopedia, 2018-01-03 18:02 UTC時点 より)

とあるので、少なくとも時速35マイル(時速56km) = 秒速15.6mの吹雪がだいたい3時間以上続けばブリザードと認識されるようです。ブリザードの結果として”low visibilities(低い視程)”がもたらされることも書かれてはいますが、特にそれらがブリザードの階級分けに使われている、ということはありませんし、そもそも階級分け自体されていません。

 ではなぜ日本は視程を使ってブリザードを分類しているのか?
 その回答に関して、もともとこのA/B/C級ブリザードの分類がいつできたのかは知りませんが、「なぜ使い続けているのか」ということについてはある程度推測することができます。

 日本南極地域観測隊では、過去58回の観測行動のうち、唯一観測隊員から死亡者が出た事故がありました。第4次の福島紳隊員です。

 1960年10月10日、A級ブリザードの中で犬に餌を与えた後で彼は行方不明になりました。彼の遺体は8年後の1968年、昭和基地から4km南西で発見されたそうです。現在、彼が消息を絶ったと考えられている場所には福島ケルンという記念碑があります。

 視程という要素は直接的に気象場を表すものではなく、地表面状態や環境、時間によって異なる値を示す複雑な要素です。そのため、基本的には気象の数値計算などに使われる要素ではありません。
 しかしながら人間が南極で実際に活動しようとした場合は非常に重要となってくる要素です。先日S17という氷床上の観測地点に行った折には視程は30m程度でしたが、こうなると一度方向を見失ったらアウトで、雪上車から小屋への移動も困難な状況でした。下の画像はS17で30m/sを超える風が吹いていたときの雪上車からの写真。ギリギリ隣の橇と雪上車は見えていますが、足元はもうだいぶ怪しいです。さらに奥にある小屋は見えていませんでした。


 このように実際に人間が活動する上で必要な要素を鑑み、それを以って外出注意や禁止令を出すために、未だにこうした視程を条件のひとつに入れたブリザードの指標を使っているのでしょう。二度と同じような犠牲者を出さないために。

 ちなみに単純な風の強さを評価する場合、よく使われる指標だとBeaufortスケールというものもあります。こちらは風速だけでその強さを分けています。 

2017年12月31日日曜日

その他/宇宙よりも遠い場所


 昨日12/30までS16という氷床上の拠点に観測で出向いていました。


 その間にも砕氷船「しらせ」は進んでおり、昭和基地のすぐ近くに接岸しました。おかげでインターネットが開通したわけですが、まだだいぶ回線が細いです。なので「しらせ」乗船中にメール投稿をしていた記事の改稿は1月中頃に持ち越したいと思います。ちなみに乗船中に投稿していた記事は以下の4つ。

→観測隊/オーストラリアでの行事(http://jare59.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html)
→観測隊/砕氷船しらせ(http://jare59.blogspot.jp/2017/12/blog-post_8.html)
→観測隊/日本南極地域観測隊の歴史(http://jare59.blogspot.jp/2017/12/blog-post_11.html)
→南極/環境保護条約(http://jare59.blogspot.jp/2017/12/blog-post_20.html)

 さて、本題。インターネットが開通したのでメールを確認していたら、『宇宙よりも遠い場所』という南極を扱ったアニメの宣伝メールが来ていました。

 現状、インターネット接続が非常に重く、そもそもあんまり使うなと言われているので公式サイトまでは確認できないのですが、ググった限りではとりあえず略称は『よりもい』で放送時間としては、


  • AT-X:  1月2日 毎週火曜 夜8時30分~
  • TOKYO MX:1月2日 毎週火曜 夜11時00分~
  • BS11:  1月2日 毎週火曜 夜11時30分~
  • MBS:   1月9日 毎週火曜 深夜3時00分~


となっているそうです。テレビ日頃見ないのでこの略称がようわからん。

 内容に関してですが、砕氷船「しらせ」の公室サロンにポスターが貼ってあって、「なるほど女子高生4人が南極に行くのだな」ということは理解できるのですが、具体的な内容までは予想できません(*1)。
*1) いやまぁ、一般受け狙うのならたぶん「ペンギン」と「オーロラ」が中心になるんだろうけど。

 そもそもゲームに関しては重度のオタク(*2)なのですが、アニメってほとんど見ないのですよね。ここ十五年で『ラーゼフォン』、『Gガンダム』、『タイガー&バニー』(1期)、『グレンラガン』(劇場版)、『君の名は』くらいしか見ていない(*3)。なので昨今のアニメの自然な流れというものが予想できない。
*2) 『汝は人狼なりやいなや』のクローンを未明までぶっ続けでやって独語の授業中に鼻血を出したり、5年くらい前に終わった海外デジタルカードゲームのストーリーの翻訳を延々やっていたり、PCゲームのリプレイをだらだらやっていたりする。
*3) なので『君の名は』を見ても、「いや、Remember11プレイ済みだし……」という感想しか出なかった。

とはいえ、初めての南極でわずかな期間とはいえ、氷床斜面上の観測拠点でその一端を体験したわけです。それならば、きっと『よりもい』の展開も予想できるはず。

 というわけで放送が始まってしまうまえに、『よりもい』の展開やありそうな要素について予想していきたいと思います。


[1] 主人公たちは南極に強い関心や憧れを持っている
 これはまぁ当然でしょう。研究者であればそうとは限らないかもしれませんが、そうではないなら南極という一種の閉鎖空間へわざわざやってくるのですから、何かしらの理由があるはずです。たいして給料が良いわけではない(というか会社から出向してくる人の場合、普通は下がるらしい)のですから、その理由は精神的・心理的なものであるに違いありません。


 つまり単純に「行きたいから」という願望を持っているはずなわけですが、「なぜそんな願望を持っているのか」という描写はどうするべきか。わかりやすいところでは、親類縁者に南極経験者や寒冷地に関係した人間がいて話を聞いて憧れを持つようになった、なんていうのが良さそうです。


[2] 高校は中退している
 なんかいきなり怪しくなったぞ。大前提を覆すようですが、女子高生が女子高生の身分のままで南極観測隊に参加することは難しいでしょう。万が一参加できても同行者(隊員ではない)のはずで、現行のシステムがどうなっているのか詳しいところはよくわかりませんが、参加は夏期間に限定されてしまう可能性が高いです。しかし夏では明るすぎて、推しの要素であろうオーロラ回をねじ込めない。

 となると、高校を中退させて越冬隊員として参加させるのが適当な気がします。中退してしまったら「女子高生」ではありませんが、まぁ元女子高生ということでひとつ妥協してもらうしか。


[3] 登場人物にアイヌの末裔とロシア人がいる
 南極は当たり前ですが寒いです。ゆえに重装備——かというと実はそこまででもありません。しっかりとした南極用の服を着ている前提ですが、日差しのある夏の期間であれば暖かさを感じるほど。特に労役……じゃなかった労働をしているときは身体も温まってくるので、上着を脱いで普段着のような格好で動くこともあります。

 もちろん風が強い日は、冷たい空気が体温を奪うとともに吹き付ける雪粒が身体を冷やしていくため、十分な装備が必要です。とはいえ常に風が強い日ばかりではありません。雨の日があれば晴れの日もあり、夜があれば昼もあるのです。

 であるからして、物語全体を通しての脅威は日差しであるはずです。夏季は常に中空で輝く太陽は、直接照りつける陽のみならず60-99%という高い反射率を持つ雪氷面で跳ね返されて、上下からその影響を与えてきます。可視光は雲である程度遮られることもありますが、特に肌や目に影響の大きい紫外線はあまり防がれません。そういうわけで、南極では日焼け止めクリーム・リップを塗ったうえでサングラス+目出し帽(もしくは帽子とネックウォーマー)といった格好が普通です。実際、自分が観測拠点にいるときはそのような格好をしていました(下の写真のような。下の写真は自分ではないですが)。


 しかしながら、これではキャラごとの区別がつかない。みんな銀行強盗のような格好をすることになります。ひとりが目出し帽、ひとりが帽子+ネックウォーマーとしても、あとのバリエーションはどうするか。ここは民族的な格好に頼るとしましょう。

 というわけで、4人の主要人物のうち、寒冷地に適した民族衣装のあるアイヌとロシア人がいてそれらしい格好をしていると予想します。


[4] 全員屈強なマッチョだ
 当たり前ですが、南極は雪との戦いでもあります。

 今回自分が行って来た場所はS17という観測拠点で、ここは基地でもないのに建物があるという珍しい場所なのですが、ここも最初に行ったときには天井まで雪に埋まっており、最初に扉と吸気・排気口のところを2m近く雪を掘るという労働をしなくてはなりませんでした。


 また、南極は非常に風の強い大陸なので、観測装置を置くときは風に負けないようにしなくてはなりません。主な対策は雪の中に埋めたり、雪の中に台を組んだりして安定させることで、そのためにもやはり雪を掘る必要があります。

 降雪地域に住んでいる方であればご存知でしょうが、雪を掘るというのはそれだけでも重労働です。しかしながら南極の場合、さらに面倒なこととして「一度降って固まった氷の層がある」というのもあります。今回の地点だと0.8mくらいでスコップがなかなか通らず、その影響で最終日には中央の芯の部分にヒビが入ってしまったくらいです。

 そんな重労働、単なる女子高生ではなかなかこなせないはずです。であれば、全員屈強な肉体を持っているはずです。



[5] ヘリオペがキャンセルになったために座って茶を飲んでいるだけの回がある
 夏の間、沿岸から大陸に少し入った程度の場所であれば、基本的にヘリコプターで移動します。しかしながら航空機は悪天候に弱く、特に雲が出たり、地吹雪で地表面の状態がわからなくなると発艦せず、予定のヘリコプターオペレーション(ヘリオペ)はキャンセルされることとなります。この結果として、観測に出られなかったり、逆に観測から戻ってくる日が遅くなったりということも珍しくありません(*4)。
*4) なのでそれを前提にして装備・食料は持っていく。

『よりもい』はしっかりと南極のことを研究したアニメのはずです。であれば現実的な風景として、ヘリオペのキャンセルに見舞われて何もやることがなくなり、ただ茶を飲むだけの回もあるはずなのです。


[6] 水着温泉回の代わりに耐寒訓練回がある
 耐寒訓練については詳細は伏せるので、耐寒訓練は身近な南極観測隊経験者の方に訊いてください(*5)。
*5) 身近にいない? じゃあ砕氷船「しらせ」の乗船経験のある海上自衛隊員でもいいや。


[7] 途中から麻雀アニメになる
 プロジェクトXの南極観測隊特集では、第一回南極観測隊の越冬隊は途中からやる気なくして麻雀やってたという話だったので、女子高生もそうなるはずです。ちなみに自分は麻雀のルールは知りません。


 以上のことから想像されるあらすじ。

===
 伝説のマタギの祖父に育てられた寡黙な女子高生・健造は氷雪地域への憧れを胸に、高校を退学後に隊員として南極観測隊の越冬隊に参加する。船酔いに苦しみながらも、砕氷船・しらせでは強い男を求めるアイヌの末裔・永吉、ロシアからの交換科学者にしてコマンドサンボの使い手セルゲイ、孤高の山猫スナイパー尾形百之助*6)ら女子高生と交流を持つ。

 耐寒訓練などの試練を潜り抜けたのちについに南極大陸に到着、観測拠点のひとつであるS17において観測を始めようとした健造であったが、建物があるはずの場所にあったのは巨大な雪の塊であった。来る日も来る日も雪を掘り、ついに建物内に入れるようになって本格的な観測できるようになった健造であったが、観測装置を設置するにあたりまたしてもお肌を気にしながら雪を掘らざるをえなくなった。秒速20mを超える強風の中でも雪を掘り続け、ついに観測装置の設置に成功した健造。あとは帰りのヘリコプターを待つだけであったが、悪天候のためヘリが飛び立てない無線通信が入る。

 果たして健造ら4人の女子高生は基地へと戻れるのか!? 基地に戻ったとして設営作業は手伝えるのか!? よしんば夏をうまく過ごせたとして、越冬期間に入ってから観測装置が壊れ、やることがなくなって麻雀を始めたら止まらなくなってしまい、社会復帰ができなさそうだが大丈夫なのか!? うきうき女子高生南極物語はっじまーるよー♪
===
*6)ゴールデンカムイの12巻(Kindle版)の発売日っていつだっけ。

 以上です。だいたいこんなあらすじだと思うので、『宇宙よりも遠い場所』略称よりもいをよろしくお願いいたします。

2017年12月20日水曜日

南極/環境保護条約

*しらせ乗船中は通常のインターネット接続が不可能なため、メールでの投稿を行なっています。本記事はインターネット接続可能になったあとで画像の追加や文章の改変を行う予定です。またコメントも閲覧できません。
** 12月末-1月頭は観測のために外に出て行くため、この状態は1月半ばくらいまで続くことになりそうです。

 南緯60度を過ぎた領域でも生物はちらほらと見られます。

 南極の生物というと代表的なのがペンギンやアザラシで、一週間くらい前まではマカロニペンギンが遠方で見えては一喜一憂したり、ノドジロクロミズナギドリのような空飛ぶ鳥の写真を撮ったり、クジラを眺めたりしていました。
 クジラが出現すると『◯◯方向に鯨を確認、距離○○m』などという館内放送が入りまして、そのたびに「ちょっと見てくる」と同室の方が飛び出していき、その数分後に『鯨は見えなくなった』というアナウンスが入ってほくそ笑むのが常だったのですが、先日は距離50mのところに複数個体が出現していて、「たまには見に行ってやるか」と外に出た自分にも見ることができました(といっても頭が少しと潮吹いているのがわかる程度だけど)。
 ちなみに数日前からはペンギンが過飽和状態で、その辺の海氷上をうろついているため、もはや被写体としての価値が失われつつあります。人間って飽きるのが早い。

 というわけで今回は南極の生物の話——といければ良いのだけれど、そういう話を書くにあたってはやはり写真が欲しいわけで、現行メールの平文でしか書けない状態だといまいち味気がない。
 なので今回は生物や環境を守るための保護条約に関するお話にしたいと思います。十二月末には(*1)だいたいの隊員が昭和基地に入り、インターネットが閲覧可能になるため、前回の記事のまま(*2)だと見た庶務とかの顰蹙買いそうだしまともなこと書いておかんと(*3)。
*1) この手の内容は公式発表を先にしないといけないので詳しい日付についてはぼかす配慮。
*2) 頭の話題が任天堂とイースと風来のシレンに終始している。
*3) 船内で発行した新聞でもう買っているが。
 
 以前に観測隊/日本南極地域観測隊のところで『南極条約』という単語が出てきました。1961年当時は日本を含む12ヶ国(*4)で発効されたこの条約、現在では53ヶ国が締結しております。
*4) アルゼンチン、チリ、ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア、フランス。ノルウェー、イギリス、ベルギー、日本、ロシア、アメリカ。

 この国際的な取り決めでは、南緯60度以南の地域に対して、
・領土権主張の凍結(どこの国のものでもない)
・軍事基地の建設等の禁止(平和的利用)
・科学的調査の自由およびその国際協力の推進
ということになっていました。

 しかしながら南極での基地活動や、年間3万人訪れるという観光客の増加の環境への影響が懸念されていたことで、平成九年(1998年)に『環境保護に関する南極条約議定書』(以下、議定書)が発効。こちらは39ヶ国が締結しています。どんな内容かを示すわかりやすい条文は第2条で、以下の通り。

===
第2条 目的及び指定
 締約国は、南極の環境並びにこれに依存し及び関連する生態系を包括的に保護することを約束し、この議定書により、南極地域を平和及び科学に貢献する自然保護地域として指定する。
===
(『南極保護に関する南極条約議定書』より)

 つまるところ、南極条約の時点では領土や軍事的な話に重きが置かれていたのに対し、こちらの『議定書』ではその名の通り、環境や生態系の保護に重きを置いているということになります。

『議定書』そのものは27条までの短いものですが、付随書が一から五まであり、一は環境影響評価に関して、二は南極の動物相及び植物相の保存に関して、三は廃棄物の処分及び廃棄物の管理について、四は海洋汚染の防止について、五は地区の保護及び管理に関してのものになっています。
 この『議定書』によって、はじめて南極が探検すべき場所から環境的に守らなければいけない場所になったといっても過言ではなく、逆に言うと付随書の内容はこれまで蔑ろにされていたことを取り締まるようになった内容であるともいえます(*5)。
*5) これ以前は生態系の保存やゴミに関して、めちゃくちゃいいかげんだった。たとえば日本の観測隊に関しても、現在はゴミは持ち帰るようにしているが、昔のゴミは現在も南極に残っていて、持ち帰られる日を待ち望んでいる。

 そういうわけで、南極の環境問題についてはこの『議定書』で国際的に規制できるようになったわけですが、日本の場合はさらに同年の1998年に『南極地域の環境の保護に関する法律』(以下、『保護に関する法律』)というものを制定し、さらに環境に配慮し始めました(*6)。
*6) とんだ好き者だぜ。

『保護に関する法律』の目的ですが、

===
第1条 この法律は、(中略)環境保護に関する南極条約議定書(同議定書の付属書Ⅰから付属書Ⅴまでを含む。以下「議定書」という。)の的確かつ円滑な実施を確保し、もって人類の福祉に貢献するとともに現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。
===
(『南極地域の環境の保護に関する法律』より)

となっています。第4条にも、

===
第4条 環境大臣は、議定書の的確かつ円滑な実施を図るため(後略)
===
(『南極地域の環境の保護に関する法律』より)

とあるため、どうやらこの『保護に関する法律』は『議定書』をベースとしたうえで、それを実行していくための法律と考えて行くのが良さそうです。

 具体的な内容なんですが、法律の条文とか見ているとフンッとなるため、以前に解説されたことをそのまま書き下すと、
・南極地域で行う活動は事前に環境大臣の承認が必要
・行為者証の携帯の必要
・岩石の採取の禁止(石ころでさえもダメ)
・検査を受けていない生肉の持ち込みは禁止
・生物の持ち込みも禁止(食べるためのものは除く)
・哺乳類や鳥類の捕獲や殺傷の禁止
・植物の採取や損傷する行為も禁止
・廃棄物の分別と適切な処理
などがあるそうです。

 こうした法律がバックグラウンドにあるため、日本南極地域観測隊では、たとえば現地での研究活動をする場合でも、それが環境に配慮したものであるかどうか、「南極地域活動の目的、時期、場所、実施方法」などを書いた申請書を事前に提出する必要があります。
 たとえば気象観測装置でラジオゾンデというものがあります。簡単にいうと、風船に温度計などの観測装置をくくりつけて上空へ飛ばすもの(*7)なのですが、その構造上、ラジオゾンデ本体は高確率で遺棄されることになります。
*7) 写真が掲載できるようになったら具体的に解説する予定。

『保護に関する法律』では、基本的に、

===
第16条 何人も、南極地域においては、次の各号のいずれかに規定する方法による場合を除き、焼却物を焼却し、埋め、排出し、若しくは遺棄し、又はその他の方法による廃棄物の処分をしてはならない。(後略)
===
(『南極地域の環境の保護に関する法律』より)

なのですが、このラジオゾンデの場合は「次の各号のいずれかに規定する方法」に含まれているので飛ばす、ということを申請書に書く必要があるわけです(実際にはもうちょっと具体的に書きますが)。

 特にわかりやすい制限行為である、

・『保護に関する法律』第13条(鉱物資源活動の制限=勝手に石とか持って行っちゃダメよ)
・同法14条第1項(生きていない哺乳綱又は鳥綱に属する種の個体の南極地域への持込=ちゃんと検査を受けたものしか持っていっっちゃダメよ)
・同法同条第2項第1号(南極哺乳類若しくは南極鳥類の捕獲若しくは殺傷又は南極鳥類の卵の採取又は損傷=生物を傷つけちゃダメよ)
・同法同条同項第2号(生きている生物の南極地域への持込み=外から持ち込んじゃダメだって)
・同法同条同項第3号(南極地域に生息し、又は生育する動植物の生息状態又は生育状態及び生息環境又は生育環境に影響を及ぼすおそれのある行為=だから影響与えるようなのもダメだって……聞いてる!?)
・同法第16条(廃棄物の処分及び保管=ゴミもちゃんと持ち帰って言ったよね!? アナタっていっつもそう!)
・同法第18条(ポリ塩化ビフェニル及び南極地域の環境の保護に関する法律施行令第5条で定める物の南極地域への持込み=それなのになんでポリ塩化ビフェニルなんて持ち込むの!? 信じられない!)
・同法第19条(南極特別保護地区への立入り=もうここから先に入ってこないで!)
・同法第20条(南極史跡記念物の補修等=アナタなんてもう知らない!)

に関しては、少しでも侵す可能性がないかどうかを詳しくチェックされます(*8)。
*8) ちなみに14条第2項第2号の「生きている生物の南極地域への持込み」に関しては生物に「ウイルスも含む」とある。DNAではなくRNAによって情報を受け継ぐウイルスはしばしば生物の定義の境界上に存在することもあるが、『保護に関する法律』では生物扱いらしい。

 というわけで今回は南極の環境保護に関する法律のお話でした。勉強苦手なのでこういうの見るの疲れた。
 ちなみに現況ですが、第一便(砕氷船「しらせ」から昭和基地への最初の便)が飛びました。こういうことは公式発表があるまで書くなよアァンわかったかオイと言われているのですが、公式発表されたと連絡があったため書いておきます。

2017年12月11日月曜日

観測隊/日本南極地域観測隊の歴史

*しらせ乗船中は通常のインターネット接続が不可能なため、メールでの投稿を行なっています。本記事はインターネット接続可能になったあとで画像の追加や文章の改変を行う予定です。またコメントも閲覧できません。

 先日は土日だった(すごいイベントみたいな書き方)のでこれは堂々とやるチャンスだと思い、PS Vitaをやっていました。ヒャア、ゲームデーだ! 世の中Switchだというのに(*1)Vita。しかも『風来のシレン5+』(*2)と『イース8』(*3)と微妙に時代に乗っていない。ちなみに『シレン5+』は去年入院中に買ったものです(*4)。
*1) 観測隊にも持ってきている人がわりとおり、外国人研究者が「みんなSwitch持ってやがる(*意訳)」と言っていましたが、彼のTシャツの背も「Nintendo」の文字が。ここまで侵食してくるか任天堂!
*2) 旧チュンソフトでSFCから発売された『風来のシレン』を元祖とするゲームシリーズ。当時の日本ではローグライクといえばこれと『トルネコの大冒険』しかなかった。
*3) 赤毛の冒険者アドル・クリスティンが各地で女性を取っ替え引っ替えしながら冒険していく日本ファルコムのゲームシリーズ。8だが8作目ではない。今作はヒロインがいきなり全裸だったので「ファルコム攻めてるな」と思った。
*4) でもメインでやっていたのは3DSでダウンロード販売されていた『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』(20年くらい前のSFCのゲーム)。

 のっけから何のブログかわからない出だしとなりましたが、今回は日本南極地域観測隊の簡単な歴史について。

 まず世界の南極に関する歴史を簡単に見てみましょう。
 南極大陸そのものは古くから知られており、17世紀中頃の地図には既にその姿が描かれており、南極一周航海もされていました。18世紀から19世紀にかけては南極は捕鯨やアザラシ漁のための場所として使われていましたが、それはあくまで沿岸の商業的な行為で、漁師たちは大陸の中へはけして入っていこうとはしませんでした。

 しかし20世紀、それまで世界の様々な場所を踏破してきた冒険家たちが、未だ踏破しえぬ最後の場所として南極大陸を——とりわけ南極点(南緯90度地点)を選びはじめました。当時、有力とされた男がふたり。

 ひとりはロアール・アムンセン。

 ひとりはロバート・スコット。

 最終的にこの競争は馬ではなく犬橇を持ち込んだスコットに軍配が上がりましたが、スコットはノルウェー、アムンセンはイギリスとどちらも欧州の人間であり、南極点到達争いはさながら欧米列強の争いを南極まで持ち込んだだけのように見えなくもありませんでした。

 しかし実際には南極点を目指す探検家たちの陰に、日本人の姿もありました。
 初めて南極点を目指した日本人は、白瀬矗(しらせ・のぶ)中尉だったといわれています。陸軍教導団騎兵科だった彼は、何を思ったか北極点到達を計画。アメリカのピアリー隊に先に北極点に到達されてしまったため、代わりに南極へと急遽舵を取ります。このとき明治42年(1909年)、白瀬は47歳。
 1年後の明治43年(1910年)11月29日、排水量204トンの開南丸で探検に乗り出しました。しかしこの年の12月14日、ノルウェーのアムンセン隊が南極点初到達となり、白瀬隊の南極点初到達は夢と消えました。
 彼らは南緯80度5分、西経165度37分まで到達し、その地点を「大和雪原(やまとゆきはら)」と命名。一人の犠牲を出すこともなく、日本へと帰国しました。

 日本が改めて南極へ目を向けるまでには、それから50年近い時間を要します。昭和30年(1955年)、戦後の空気で澱む8月24日、日本で第1回南極地域公演特別委員会が組織されました。同年9月、IGY特別委員会南極分科会にて日本の南極観測参加が承認。
 実はサンフランシスコ平和条約2条に日本は「南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権限又はいずれの部分に関する利益についても、すべて請求権を放棄する」という条文があったため、日本の南極観測参加には強固な反対をされていましたが、最終的には承認されました。

 同年11月、政府が南極観測参加を決定。未だ戦後10年の時代に、1年で全ての準備を終え、1956年(昭和31年)11月8日、東京晴海埠頭を永田観測隊長以下53名の第一次隊を乗せた「宗谷」が出航しまいた。
 昭和32年(1957年)1月20日、宗谷は定着氷縁に接岸。東オングル島まで13kmの地点。
 同年同月29日、東オングル島に上陸。この場所を昭和基地と定めます。
 同年2月、プレハブの昭和基地が完成。宗谷は日本への帰路を取り、残された11名の隊員で越冬が開始するも、海氷上の食料の2/3が流出、小屋が火事で消失、ブリザードで破損するなど、さまざまな試練に遭います。

 しかし試練に遭ったのは越冬隊だけではありませんでした。翌年は海氷が厚く、宗谷の南極到達は遅れに遅れてしまいました。
 結果として昭和33年(1958年)2月24日、深夜の臨時発表で第二次越冬を断念。宗谷は人間のみの救助を行い、樺太犬15頭までは手が回らず放置されることとなりましが、さらに翌年の1959年1月、派遣された第三次隊で、生き残りの樺太犬であるタロ、ジロを発見されました(*5)。
*5) ちなみにタロ・ジロは現在はなぜかしらせ艦内の隊員居住区の掃除用具入れの名前になっていたりする。

 1960年、第4次隊の福島隊員が遭難(のちの観測隊で遺体が発見)という大きな事件も起きましたが、1961年に南極条約において、51の条約締結国の中から12ヶ国選ばれた原署名国のうちのひとつに日本が選ばれることとなりました。

 1910年の白瀬矗中尉による最初の南極探検から約100年、戦後の日本学術最大の挑戦とも呼ばれた南極観測開始から約60年が経過し、今回の第59次日本南極地域観測隊があるというわけです。
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